すごく素敵なんです。 このホームページのたつさんというお客様が、五十三次の解答だけじゃなくて、 問題番号の土地の想い出やエピソードを、フォームの感想欄に書いて送ってくれるんです。 ボク一人で読むのはもったいないので、このコーナーを作って皆さんにも読んでいただくことにしました。 たつさんは以前、五十三次をすべて歩かれた経験がおありになるようで、 臨場感あふれる見事な叙景詩となっています。優しくて楽しくて感動モンです。 どうぞご覧になってください。 |
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ビッグニュース的お知らせ たつさんのお書きになった登山の本があります。 ナント文章だけでなく、ご自分でマンガまで描いちゃっています。 どこまで才能のある人なのでしょう!!! 本屋さんで注文すれば、取り寄せになる可能性はあるけど必ず手に入るそうです。(たつさん談) 下にボクがネットで調べた情報を載せておきますから、 たつさんファンのみなさん、ぜひ買ってあげてくださいね。 書名 はじめてのモンブラン 著者 清水 竜基 出版社 夢工房 定価 1,575円(税込み) 初出 書き下ろし 2004年出版 ジャンル 山岳ノンフィクション漫画 |
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たつさんの想い出 お宿その1 品川 東京都品川区 品川を出て、六郷大橋に向かう途中、濡れタオルを頭にのせてヨロヨロと歩いていると、 通り沿いの店から4,5歳位の麦わら帽の女の子が出てきました。 その子の持っていた赤い風船が風に飛ばされて私の方に転がってきたのです。 私が拾ってあげる姿勢を見せたので、女の子は走るスピードを緩めたのですが、 その瞬間、風船が私の目の前でフワッと垂直に舞い上がり私の頭を越していったのです。 しまった! と思って猛ダッシュして何とか風船を捕まえて、女の子に渡しました。 そのときの光景が私の中では宮崎アニメの一場面の様に記憶されているのですが、 女の子にとっては余計なお世話だったことでしょう。 たつさんの想い出 お宿その2 川崎 神奈川県川崎市川崎区 多摩川を渡ると川崎ですが、昔は渡し舟で渡ったんですよね。六郷の渡しです。 今は六郷大橋があるので歩いて渡りますが。 このときは今の六郷大橋が開通直前で、 その下流側に大正時代から架かっていた古い橋があったんです。(何年前だ?) 狭いけど頑丈そうで雰囲気ありましたね。(この4ヶ月後に取り壊されました) 河原に下りて、ママチャリで通りかかったおじさんに写真を撮ってもらったら、 「夜は橋の下は、いっぱいだからダメだよ」って言われました。橋って、上も下も利用されるんですね。 いや、橋の下は予定してませんでしたので、街中の安いビジネスホテルに泊まりました。ぜいたくー。 たつさんの想い出 お宿その4 保土ヶ谷 神奈川県横浜市保土ヶ谷区 保土ヶ谷を過ぎて境木というところに、無縁仏の塚というのがあったんです。 昔、行き倒れになった旅人がここに葬られたらしいのですが、 不思議なことに、ここまでフラフラになって歩いていた私は、 翌日あたりから身体が慣れてきてリズミカルに歩けるようになったんです。 江戸から歩いてくると、丁度このあたりが、歩けるか歩けないかの体力的な境目なのかも知れないと 身体で感じました。地理的には武蔵と相模の境目です。合掌。 たつさんの想い出 お宿その8 大磯 神奈川県中郡大磯町 大磯も旧街道の松並木が残ってます。灼熱の国道から離れて脇道に入ったところにも (旧街道に忠実に歩ってます)松並木があるんですが、スーっと涼しい風が吹いてくるんです。 「えっ、うそだろー」と思って松の木を見上げました。 木の上にクーラーがぶら下げてあるのかなって思うほど涼しいんです。 自動車が走ってなくて、松並木が続いてれば、京都まで楽勝だなって思いました。 たつさんの想い出 お宿その10 箱根 神奈川県足柄下郡箱根町 箱根では、夜、芦ノ湖畔のベンチに横になって一時間ほど寝たのですが、 湖から冷たい風がビュービュー吹いてきて、こごえ死ぬかと思いました。 土産物屋(みやげものや)の裏に避難して、一晩中、足をさすって耐えました。 昼間は連続真夏日なのにー。人生、失敗して学んで行くもんだす。若かったナー。 たつさんの想い出 お宿その11 三島 静岡県三島市 箱根から三島に下りる山道は人がほとんどいないです。 「ばらが平」という、昔からやぶの多い難所があるんです。 地図の通り歩いたら、途中から背よりも高いやぶの中を両手でかき分けながら進む感じでした。 正しい方向に歩いてるのか不安になりましたが、無事通過しました。 実際は30分もなかったかも知れませんが2時間ぐらいに感じました。今どうなってるかな。 たつさんの想い出 お宿その16 由比 静岡県庵原郡由比町 カンカン照りの海岸沿いの道です。振り向けば夏の真っ青な空に、雪のない黒い富士山がクッキリ。 昼どきに道端の休憩所みたいな所で、何か食べて休んだんですが、 東名高速のパーキングエリアだったみたいです。そういえばそこに入る前に、 入り口が分りづらかったような、どこかよじ登ったりしたような。 そのまま高速道路を歩いたりしなくてよかったです。 「何か車が飛ばしすぎー」とか「信号が全然無いなー」なんて危険っ。 たつさんの想い出 お宿その17 興津(おきつ) 静岡県静岡市 (興津は)大学1年の夏に京都まで五十三次を歩いたときに通りました。 興津の河口の砂浜のようなとこで遊んでる子どもたちが涼しげでした。なつかしいです。 たつさんの想い出 お宿その20 鞠子(まりこ) 静岡県静岡市 鞠子といえば、とろろめしで有名な「丁子屋」。前に行ったとき定休日でした。確か月曜日。 たつさんの想い出 お宿その22 藤枝 静岡県藤枝市 藤枝の商店街みたいなところにある旅館に泊まって、 確か学生だからっていって1000円おまけしてもらった記憶があります。 青春でした。この恩は忘れません。 たつさんの想い出 お宿その23 島田 静岡県島田市 島田をでると(いきなりですが)、越すに越せない「大井川」があります。 昔は川越人足(かわごえにんそく)に担いでもらって渡ったのですが、 今は橋が架かってるので、橋を渡りました。 桑名で知り合った明大生は、川の中を歩いて渡ったそうです。 今はダムがあって水量が少ないんで、まったくもう歩けちゃうんです。 ガイドブックを置き忘れて、もう一回渡り返したそうですが。 たつさんの想い出 お宿その24 金谷 静岡県島田市 金谷では、茶畑の中の細い道をくねくね歩いてました。 この辺は旧東海道の石畳の道をアスファルトで覆っていたのでしたが、 数年前、町おこしのためにアスファルトをはがして石畳を復活させたという記事を 新聞で読みました。もう少し早くやってくれればな〜。遅いよ〜。 たつさんの想い出 お宿その26 掛川 静岡県掛川市 掛川駅の近くの路地で、おじいさんに「どこまで行くの? 京都まで? みんな京都までだね〜」と 声をかけられました。掛川駅は、まだ新幹線が停まらない駅で(何年前ですか!) 木造の三角屋根がかわいい、評判の駅だったんです。ポスターなんかにも使われたりしてました。 こういう駅が変わっていくのはちょっと残念ですね。 たつさんの想い出 お宿その29 浜松 静岡県浜松市 浜松駅前の「明治屋」という旅館に泊まったのです。 毎年夏に明治大学の応援団の人たちが、歩いてお伊勢参りに行く途中に、 そこに泊まるんだそうです。そのときは通過した後でした。 下駄履きで伊勢まで行くそうです。新入生とか泣いてるらしいです。 今でもやってるのかな? たつさんの想い出 お宿その34 吉田 愛知県豊橋市 吉田あたりは新幹線からみても瓦のビシッとした屋根の家が多いですね。 最近は変わりつつあるのでしょうが。風情がなくなりますね〜。 たつさんの想い出 お宿その35 御油(ごゆ) 愛知県豊川市 御油の松並木あたりも落ち着いた田舎で、いい感じでした。 保存してる松並木あたりに、夏休みの自由研究やってるらしき小・中学生がいたり、 歩いてると「また京都までの人が通るよ」って感じで見られるんです。 たつさんの想い出 お宿その36 赤坂 愛知県宝飯郡音羽町 赤坂あたり、とっても田舎道だったと思いますが、 道端のある家で、家族みんな子どもからお婆ちゃんまで、 口々に「マルガリータ!マルガリータ!」と叫んでいるのです。 どうやら飼い犬を呼んでるらしいのですが、東海道の風情とミスマッチな名前に、 一人で笑ってしまいました。一人だとこんなことでも笑ってしまうのです。 21歳の孤独な夏でした。 たつさんの想い出 お宿その38 岡崎 愛知県岡崎市 岡崎では、昔、お城の周りをくねくねした道にして侵入を防いでいたという、 その跡が街中に表示されていて、それを見ながらうろうろ歩いた思い出があります。 八丁味噌の古いお店とかもあって、また行きたくなりました。 たつさんの想い出 お宿その41 宮 愛知県名古屋市熱田区 名古屋の名鉄百貨店でTシャツを買いました。階段の踊り場で女子高生が、 思わず「あの人の靴まっくろー」と、私の靴を見て叫びました。 お友達が、あわててその子をたしなめてましたが、無理もありません。 オレンジ色の「コンバース」が(そんな靴で歩ってるのか)見事なまでに真っ黒でした。 底には穴があいて石ころが入ってくる始末。でも、その靴で京都まで(無理やり)もたせました。 たつさんの想い出 お宿その42 桑名 三重県桑名市 伊勢大橋を渡って桑名に入りました。橋のたもとで休んでいた若者は明治大学の学生で、 東京から実家のある山口まで歩く予定とのこと。友達に言いふらしてきたので途中で やめられず、「俺も京都までにしとけばよかった」とぼやいてました。お気の毒に。 たつさんの想い出 お宿その43 四日市 三重県四日市市 四日市の思い出は、ちょっとガラの悪い人がいるな〜と思ったこと(どこでもいますけど)。 近鉄四日市駅がJR四日市より栄えてることですか。 昔、鉄道を通すとき宿場町が寂れてしまうからと反対されて、 JRは中心から離れたとこを通ったんだそうですが…。岡崎もそうでした。 たつさんの想い出 お宿その46 亀山 三重県亀山市 亀山城という、確か小さい城のそばを通った記憶があります。 山の中の小さな町というか集落くらいの印象しかないんです。 すごく小さいローカル線の駅舎があって、地元の通勤・通学の人が通る中を、 汚れた縫いぐるみみたいな猫がジッとすわってる。私の亀山は、そういう記憶です。 たつさんの想い出 お宿その47 関 三重県亀山市 関は、ひなびた感じの商店街があって、その奥にお寺のお堂のようなものが建っていました。 雨が降っていて、これから鈴鹿峠の山越えなのに、 カミナリにならなければいいのになあ、と不安に思った記憶があります。 たつさんの想い出 お宿その48 坂下 三重県亀山市 坂下の民家は、ちょっと変わっていて、家の軒先から幅30〜50cm位の板が 垂直に下がって付いてるんです。例えば、おなべのふたの内側に、ふたがずれないように 出っ張ったところがグルリとついてるじゃないですか。 ああいう感じで、屋根のふちに沿って付いてるんです。坂下でしか見たことないです。 そういう地域によっての面白い違いって無くなってきますよね。 たつさんの想い出 お宿その49 土山 滋賀県甲賀市土山町 土山は鈴鹿峠を越えたところです。なあんにもない道を歩いていました。 雨が降って、物凄いカミナリが四方八方で鳴り響いて、 傘をさしたまま道路っぱたでしゃがみこみました。 恐ろしくて、鉄工所みたいな建物で雨宿りしました。 たつさんの想い出 お宿その50 水口(みなくち) 滋賀県甲賀市水口町 水口では安政の頃から続いている宿に止まりました。宿場町の中です。 町はひなびた雰囲気です。十畳の和室に一人で泊まりました。 ホテルと違って、旅館は、その土地の人と話せるのがいいですね。 出発のときもおばさんが宿の外まで出て見送ってくれました。 たつさんの想い出 お宿その51 石部 滋賀県湖南市 川の下を道路がくぐっていると言うか、道路にトンネルがあって、その上を川が横切っている。 天井川って言うんですが、社会科の教科書でしか見たことなかったんで感動しました。 少なくとも東海道は2回トンネルをくぐりました。トンネルの上に行かないと川は見えないのですが…。 最近は開発で無くなってきてるらしいですね。残念…。 あと、もう1つ。この辺だと思うのですが、道ばたの商店の店先に湧水が湧いていて、 タオル濡らして水飲ましてもらった。生き返った〜っていう感じで。もう一度行ってみたいなぁ。 たつさんの想い出 お宿その52 草津 滋賀県草津市 草津では、駅の電話帳で見つけた「ホテル草津」に電話して泊まることにしました。 交番で丁寧に道を教えてもらって行ってみると、なっ、な、なんと--ホテルでした。 まーるくて大きなベッドに一人で寝ました。シャワーもお湯が出ないので言いに行ったら 真っ暗で誰もいない。朝になっても誰もいないので、そのまま出発した草津の宿でした。 前金で5000円払ってます。 たつさんの想い出 お宿終点 京都/三条大橋 京都府京都市東山区 大津を出て、ついに京都市内に突入したのですが、暑さと排気ガスなどにやられて、 1時間も路面電車の停留所でへたりこんでました。その後ふらふらと人ごみを歩いてたら、 左に鴨川と欄干が見えました。知らないうちに三条大橋の上に立ってました。 翌日、南禅寺の石の庭を見てると、旅で疲れた心身(特に心)がジュワジュワ〜っと 癒されていくんです。ひからびた海綿が水を吸うように。 「これかぁ〜!」って感じで、修学旅行ではわからなかった石の庭の良さを体感しました。 あれを感じるためには、また京都まで歩かねば。一期一会ですね。 たつさんの想い出 京街道 伏見(京都府京都市伏見区)〜守口(大阪府守口市) 壱 京都到着の4年後。25歳の勤め人になった私は、 お盆休みに山科の京街道の道しるべから伏見に向かって歩き出しました。 伏見は古い酒蔵がダァーッと連なっていて、「黄桜」とかありました。 古ぼけた木造の二階家があって「月桂冠」って書いてあったので 「えーっ、これがあの有名な月桂冠?」とびっくり。今は変わってるかなぁ? ちなみに酒はまったく飲めないんです。 弐 これは伏見の手前だったかも知れません。昼間です。 交差点を渡る地下道があって、とても小さくて狭い地下道だったのですが、降りていきました。 すると、3メートル位先を降りていたおばさんがクルッと振り向いて、 私の顔を見るなり、物凄い勢いで走り出したんです。 何かムカッときて、ふざけて追いかけて抜かしてやろうかと思いました。 あれは何だったのでしょう。事件でもあったんでしょうか。いまだに謎です。 参 八幡市の橋本あたり。昔、遊郭があったそうですが、 古い建物が残ってる感じで印象に残ってます。(今は変わってるのかなぁ) このあたりで撮った写真を大阪旭区あたりでカメラごと紛失してしまいました。 人生そういうこともありますよ。 四 大阪の高麗橋という橋が京街道の終点です。街中なのにちょっと寂しい感じの場所で、 橋のたもとにはホームレスのような人もいました。(今はどうでしょうか) OLさんが歩いてきたので写真を撮ってもらおうと立っていたら、 橋の逆サイドに避けられてしまいました。(危ない人に見えたんでしょうねー) 孫を連れたおじいさんに撮ってもらいました。めでたし、めでたし。 ほとんど原文のままですが、わずかに一部、読みやすくする目的で校正した箇所があります。 |